不動産業界でAIを業務に取り入れる企業は増えています。いえらぶGROUPの調査では、業務で生成AIを利用したことがある不動産会社は41.4%に達する一方、全社的に定着している企業は全体の約10.5%(推計)にとどまります。この記事では、公開されている調査データから導入と定着を隔てる壁を読み解き、立場ごとに明日から取れる打ち手をお伝えします。
「ChatGPTを使ってみた」「メール文を作らせたら便利だった」という声は増えました。ただ、「それで業績が変わった」という話はほとんど聞こえてきません。理由は、不動産業界向けに公開されている複数の調査データを重ねて見ると腑に落ちます。課題はツールの性能ではなく、組織と経営の側にありました。
本記事は次の公開調査データをもとに解説しています。数値の詳細・条件は記事末尾の【調査概要】に記載しています。①いえらぶGROUP「生成AIに関するアンケート調査」(2025年5月・不動産会社n=222)/②いえらぶGROUP「不動産業界の生成AIに関するアンケート調査」(2025年10月・不動産会社n=186)/③PwC Japan「生成AIに関する実態調査2025春 5カ国比較」(2025年)。
・AI利用企業の多くが「全社活用」に至れていない実態と、その構造的な理由
・不動産業界特有の属人的な暗黙知がAI定着を阻むメカニズム
・経営層・マネージャー・現場スタッフが、それぞれ今日から始められるアクション
AIを導入したかどうかで競争優位は決まりません。経営主導で業務を言語化し、推進する人材を置いた企業だけが全社定着にたどり着いています。
まず、今回の記事で扱う主要な数値を一覧にまとめます。各数値の出所(どの調査か)を右列に明記しました。
| 項目 | 数値(出所) |
|---|---|
| 業務で生成AIを利用したことがある不動産会社 | 41.4%(いえらぶ・2025年5月・n=222) |
| AI利用企業のうち「全社で導入されている」割合 | 25.4%(同上) |
| 全企業ベースの「全社活用」到達率(推計) | 約10.5%(41.4%×25.4%からの推計) |
| AI未導入の理由「どう使えばよいか分からない」 | 60.0%(同5月・未利用n=123・複数回答) |
| AI未導入の理由「活用できる人材がいない」 | 23.8%(同上) |
| 導入の懸念「応答・生成内容の正確性」 | 34.8%(いえらぶ・2025年10月・n=186) |
| 生成AIの効果創出(日本の水準) | 米英の約4分の1・独中の約半分(PwC・2025春5カ国比較) |
AIを業務に取り入れた企業のうち、全社で導入されているのは25.4%。社内の一部が使っている(43.0%)にとどまる企業が多数です。「社員にアカウントを配った」という状態は、この一部利用側に分類される可能性が高いといえます。導入の有無と、業績に効いているかは別の問題です。
未利用企業(n=123)が挙げた理由の最多は「どう使えばよいか分からない」60.0%で、ツールの価格や性能そのものではありません。自社のどの業務にどう当てはめるかを決めきれていない状態が実態です。別調査(2025年10月)では、導入の懸念として「正確性」34.8%・「コスト」19.8%・「情報漏洩」7.5%が挙がっており、運用ルールづくりの必要性もうかがえます。
PwCの5カ国比較では、生成AIの効果創出で日本は米英の約4分の1・独中の約半分の水準です。同じツールでも結果が分かれる以上、差はツール側ではなく、導入プロセスの設計側にあると考えられます。
※「全社活用」到達率 約10.5% は、AI利用率41.4%とAI利用企業内の全社導入率25.4%から算出した推計値です。※未導入理由(2025年5月)と導入の懸念(2025年10月)は別々の調査の設問です。※国際比較は各国の調査条件が異なる相対イメージです。
3-1. 導入と定着の間にある溝 全企業を母数とした構成比で見ると、AIを業務利用したことがある企業41.4%のうち、全社的に導入できている企業は25.4%(全体の約10.5%の推計)です。
多くの企業は「とりあえず導入してみた」段階にあり、AIが個人の便利ツールの域を出ていません。導入率だけを追いかけると、この溝は見えなくなります。自社の状況を評価するときは、「何人が使っているか」ではなく「どの業務プロセスが変わったか」で確認すると実態をつかみやすくなります。
3-2. 障壁は技術ではなく組織にある 未利用の不動産会社(n=123・複数回答)が挙げた理由と、導入済み・検討企業の懸念(n=186)を並べると、いずれもAIの性能ではなく組織側の準備に関するものでした。
| 未導入の理由(2025年5月・未利用n=123・複数回答) | 割合 |
|---|---|
| どのように使えばよいか分からない(業務言語化・運用設計の不在) | 60.0% |
| 導入・活用できる人材がいない(社内推進者の不在) | 23.8% |
| 導入にあたっての懸念(2025年10月・n=186) | 割合 |
|---|---|
| 応答・生成内容の正確性(検証プロセスの不在) | 34.8% |
| 導入・運用コスト | 19.8% |
| 顧客情報や機密情報の漏洩リスク | 7.5% |
「使い方が分からない」はツールの操作方法ではなく、自社のどの業務に当てはめるかを言語化できていない状態。「正確性が不安」はAIの精度そのものより、出力を誰がどう検証するかという運用ルールが決まっていない状態を表します。裏を返せば、これらは技術の進化を待たず、ガイドライン整備と推進役の任命という自社の意思決定で解消できる課題です。
3-3. 効果創出の国際比較(PwC) PwC Japanの5カ国比較では、生成AIの効果創出で日本は米英の約4分の1・独中の約半分の水準にとどまります。
PwCの分析では、効果を出している企業には経営トップの関与・ガバナンスの整備・全社的な業務変革という共通点があり、効果が期待を下回る企業では生成AIを断片的なツールとして導入していました。経営が関与しなければ、業務プロセスそのものを変える判断は下せません。効果実感の差は、この構造の差として表れていると考えられます。
「自社もChatGPTは入れてある」という認識では、全社活用の水準には届きません。海外で効果が出ている企業に共通するのは、経営トップが直接関与し、業務プロセスそのものを再設計している点です。判断の目安:自社のAI活用を問われたとき、「社員に使わせている」ではなく「どの業務プロセスを再設計したか」で答えられる状態かを確認してください。
不動産の業務は、人から人へ伝わってきた暗黙知で成り立つ部分が多くあります。ベテランの判断をAIに渡すには、まず言葉にする必要があります。都市部の中堅仲介:成約事例データを蓄積しやすいので「査定の根拠をどう言語化しているか」の棚卸しから。地方の地場業者:他社成約情報が乏しくヒアリング頼みのケースが多く、AI導入より先にデータ収集の仕組みの見直しが必要な場合があります。
「AIを使えと言われたが何をすればよいか分からない」のは、個人の責任ではありません。多くの企業でガイドラインが整っていないためです。まず上司や会社に「どの業務でどう使うか、ルールを決めてほしい」と伝えることが第一歩です。
ある不動産会社(W社)では、自社の過去成約事例データベースと仕入れ検討ツールを連携させ、物件情報を受け取ってから買付提出まで3日間というスピードを実現しました。従来は類似事例の検索・価格査定・稟議資料の作成に1〜2週間を要していましたが、自社データにもとづくAI補助を組み込んだことで、この工程が大幅に短縮されています。
「最初は正直、また新しいシステムかと思っていました。ただ実際に使い始めると、今まで頭の中でやっていた事例検索と比較の作業が数分で終わります。重要なのは、システムが判断するのではなく、私たちの判断を速くしてくれるという点です。それなら使い続けられると思えました」
この事例で定着した理由は、「AIに任せる」ではなく「自分たちの判断のスピードを上げる」という位置づけにした点にあります。担当者自身の経験値が活きていると感じられたことで、初期の抵抗感が薄れました。※本事例は株式会社WIGの支援先の一例で、数値は取材時点のものです。
以下の問いに答えながら、主要業務をリストアップします。頻度が高く判断の分かれにくいものから着手すると成果が出やすくなります。
現場が安心してAIを使える環境を整えるため、最低限のルールを決めます。「正確性が不安」という懸念は、このルール整備で大きく下がります。
ルールの具体的な決め方と社内ルールのひな形は不動産のAI活用の注意点4つ|社内ルールひな形つきで配布しています。導入の進め方全体は不動産会社のAI導入3ステップもあわせてどうぞ。
推進役を兼務のままにすると形骸化しやすいため、役割と工数を明文化しておくことをおすすめします。
件名:AI活用推進体制の整備について(提案)
【背景】
当社においても一部社員がAIツールを活用しておりますが、業務プロセスへの組織的な定着には至っていない状況です。
【課題認識】
・活用ガイドラインが未整備であること
・推進担当者が明確でないこと
・業務へのAI適用範囲が言語化されていないこと
【提案内容】
1. AI活用ガイドラインの策定(担当:○○、期限:○○月末)
2. 社内推進担当者の任命(候補:○○)
3. 試験導入業務の選定と効果測定の仕組みづくり
【期待効果】
○○業務の処理時間短縮、および属人化業務の標準化による組織リスクの低減。
以上、ご検討をお願いいたします。
不動産会社で業務に生成AIを利用したことがある企業は41.4%に達しています(いえらぶGROUP調べ)。一方で全社定着に至った企業は約10.5%(推計)にとどまり、導入と定着の間には大きな溝があります。その溝を生んでいるのは、ツールの性能でも価格でもありません。業務を言語化できていないこと、運用ルールがないこと、推進する人がいないことという、組織側の3つの不足です。いずれも自社の意思決定で解消できます。まずは自社業務の棚卸しから始めてみてください。
A. 主因はツールの性能やコストではなく、①業務を言語化できていない②出力を検証する運用ルールがない③推進する担当がいない、という組織側の3点です。調査でも未導入理由の最多は「使い方が分からない」(60.0%)でした。いずれも自社の意思決定で解消できます。
A. 人数が少ない組織のほうが、業務の棚卸しとルールの共有は進めやすい面があります。対象業務を1つに絞り、そこで運用を固めてから広げる進め方が現実的です。
A. 頻度が高く、判断の分かれにくい定型業務から始めると効果を確認しやすくなります。いえらぶ調査でも、実際の利用用途は「文章の見直し・校正」46.5%、「社員教育・OJTの補助」41.5%、「資料作成のテンプレート活用」40.1%が上位でした。
A. 作業時間の削減幅に加えて、対象業務の処理件数や、担当者以外でも同じ品質で処理できるようになったかを併せて確認すると、定着度を判断しやすくなります。
| 調査 | 概要 |
|---|---|
| ① いえらぶGROUP「生成AIに関するアンケート調査」 | 調査期間:2025年5月12〜23日/方法:インターネット調査/対象:不動産会社 n=222(うち未利用 n=123)。41.4%・25.4%・未導入理由・利用用途の出所。 |
| ② いえらぶGROUP「不動産業界の生成AIに関するアンケート調査」 | 調査期間:2025年10月13〜27日/方法:インターネット調査/対象:不動産会社 n=186(+エンドユーザー757、計943)。導入済み20.4%・導入の懸念(正確性34.8%等)の出所。 |
| ③ PwC Japan「生成AIに関する実態調査2025春 5カ国比較」 | 2025年公表/対象:日本・米国・英国・ドイツ・中国の企業(日本 n=945 ほか)。効果創出の国際比較(日本は米英の約1/4・独中の約半分)の出所。 |
※未導入理由(①)は複数回答のため合計は100%を超えます。※「全社活用」到達率 約10.5% は 41.4%×25.4% からの推計値です。※未導入理由(①・2025年5月)と導入の懸念(②・2025年10月)は別々の調査の設問です。※国際比較(③)は各国の調査条件・設問が異なる相対イメージです。各調査の詳細は、いえらぶGROUP・PwC Japanの公式発表をご確認ください。
本記事が示す「溝」を埋める実践編。ツール選定は最後・無料の生成AIで1業務から。
ステップ2「ガイドライン策定」の具体版。社内ルールのひな形を配布。
3領域の事例+再現テンプレ。まず1業務で試すときの具体例に。
AIの「導入」から「全社定着」まで伴走します 株式会社WIG/不動産AI総合研究所は、業務の棚卸し・ガイドライン策定・推進人材の育成まで、不動産業のAI定着を支援しています。まずは無料のAI成熟度診断、または個別相談からお気軽にどうぞ。
藤田 遼(株式会社WIG 代表/宅地建物取引士)
不動産業界での実務経験をもとに、現場でそのまま使える生成AIの活用法を研究・発信。「今日からコピペで使える」を合言葉に、不動産特化のAIノウハウを届けています。